コラム:湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。 - 第5回

2025年6月12日更新

湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。

「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。


抜群のセルフプロデュース力、凄腕ファッションリーダーだったマリリン・モンロー

「マリリン・モンロー 私の愛しかた」より
「マリリン・モンロー 私の愛しかた」より

20世紀最大のセックスシンボルであり、その存在と名前が女性美の象徴としてアイコン化しているマリリン・モンロー。未だにその死の真相について、政府の陰謀論がささやかれ、「(ベッドで寝るとき身につけるのは)シャネルの5番よ」といった名言が人々の間で記憶されているような存在は、彼女以外に思い当たらない。

彼女に関しては今まで数々のドキュメンタリー映画がつくられてきたが、最近作「マリリン・モンロー 私の愛しかた」では、彼女のセルフプロデュース力の真相を軸に、同性愛傾向、男性優位の社会で生き残るために、各業界の大物男性たちと関係をもち、当時のハリウッドの不都合な常識だったセクハラパワハラに生涯悩まされ、精神的に不安定だったことが描かれ、あらためてこの大スターの光と影が数々の証言とともに注目されることとなった。

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さて、スクリーンでの女性像が共感、生き方の先取りとして女性に支持されてきた20世紀映画史上のファッションリーダーといえば、まずは、ジバンシーとタッグを組み、パリコレとハリウッドの相互利用戦略のもととなったオードリー・ヘプバーン、ダンスの素養が光る活動感や個人主義的な自由さを喧伝したブリジット・バルドー、本人の名を冠したエルメスのバッグがセレブ御用達となり、恋愛も結婚生活も子どもにも恵まれたロマンチックラブの数少ない実現者であったジェーン・バーキンなどが挙げられる。

その一方で、マリリン・モンローの名前があまり挙がってこないのは、セクシーという彼女に張り付いた記号が、肉体を包む衣服は邪魔とばかりにファッションを遠ざけてしまうからなのか? しかし、今現在、モンローこそが、私服を含め、今の時代に最も響く着こなしを実施していた凄腕ファッションリーダーだったという再評価がある。

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▼女に生まれてよかった!感を醸し出すファッションセンス

ダイエットというのは、現代女性にすり込まれている強迫観念で、ほとんどの女性は実はぽっちゃり型。太ることは簡単で、痩せることは難しい。特に中年以降は太めが常態化するわけで、そうなると、不可能なヘプバーン型スリムよりも、断然、モンロー系は「がんばれば着こなし可能」なファッション体型となる(ちなみに、私はショップチャンネルのOJOU(オジョウ)というブランドのデザイナーでもあるが、バスト下をくびれたウエストに見立てた「うそつきタイトスカート」は、ぽっちゃりさんの人気アイテムだ)。

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モンローの着こなしから感じられるのは、バスト、ウエスト、ヒップの肉付きの良いラインが生み出す「女に生まれて良かった!」という女性美の肯定感だといっていいだろう。女らしい体型は、もちろん男性を魅了するが、手放しで喜べないのが、女性を取り巻く社会事情。社会に根深く存在する男尊女卑という価値観が生むミソジニー(女嫌い)は、実は女性も抱いてしまうやっかいな嫌悪感だが、モンローの存在と着こなしには、それを跳ね返す力がある。

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彼女が男性のみならず女性に人気があったのは、そのセクシーぶりが対男性のイメージ戦略であるというあっぱれな確信犯に対しての共感とともに、白い肌と優雅な肉体の曲線美、無邪気な童顔とこどものように舌っ足らずなハイトーンボイス、魅力的なムーブメント(ダンサーとしても実は有能だった)のハイブリッドによる、リアルな女性美が圧倒的だったからだ。「ぶりっこ」という男性好みのかわいらしさに意識的に磨きをかけた松田聖子が、最初こそ女性に嫌われたが、後に大いに支持されるようになったケースと非常に似ている。

▼女性におけるジーンズファッションのエバンジェリスト

さて、モンローは映画で数々のセクシーかつゴージャスな装いを披露しているが、注目すべきは彼女のジーンズファッションだ。彼女がスクリーンで着こなしたリーバイス701は現在に至るまで人気があり、ダイレクトにそのスタイルを取り入れた、フランスのブランド、アナトミカの「618 MARILYN」という商品すら生まれている。

「帰らざる河」
「帰らざる河」

そもそも、男性の労働着だったジーンズを女性が着るようになったのは、世界恐慌時に経営不振に陥った牧場が、ゆとりのある都市部の消費者に向けてデュード・ランチという牧場観光を実施した時のこと。ジーンズはカウボーイのような格好で休暇を過ごすための、一種のリゾートウェアだった。そういったブームの地ならしの上で、「帰らざる河」で酒場の歌手を演じたモンローは、劇中でジーンズをはいて登場。クラーク・ゲーブルと共演し、遺作となった「荒馬と女」でも、ジーンズ姿を披露している。

どちらもカウボーイが活躍するアメリカ中西部での物語で、作品中彼女はリーバイス701という、同社が女性向けに売り出したジーンズを着用。ハイライズで細いウエストを強調し、その下にグラマーなヒップがくるのだが、そのボディコンシャスが、厚いデニム生地と元は男性の労働着だったというジーンズのDNAゆえにダイレクトではなくなる。ちなみに男モノを女性が着ると逆に女性性が際立つ、というのは、着こなしテクのひとつ。我が国でも辰巳芸者が男物の羽織を羽織って、その男ぶりからこぼれ落ちる色気と粋を示したものだった。

ジーンズという男性御用達アイテムで下半身をキメている一方で、上半身に肌の露出やタイトフィットというセクシーを持ってくると、そこには化学反応が生まれ、ミスマッチというモード感覚が発生する。モンローが映画で披露したジーンズ姿は、胸元が開いたコットンブラウスや胸元のボタンを開いたシャツにて、こぼれる女らしさを醸し出している。

「荒馬と女」
「荒馬と女」

彼女は普段着にもよくジーンズを愛用していた。タートルネックセーター、カーディガン、タイトなポロシャツ風Vネックラインのプルオーバーなどをトップスに選び、ノーアクセサリーで着こなしている。そのシンプルさが際立たせるのは、メイクやヘアスタイルも含めた顔まわりとボディという、着ている人間の個性に他ならない。最近では、ユニクロを高度に着こなす、ファッションの達人を見かけるが、彼女たちは服にお金をかけない分、ヘアスタイルやメイクにセンスを投入するが、その先駆者はモンローなのだ。

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アインシュタインをも凌駕するIQ165という知能指数を持ち、共和制ローマ期の哲学者、ルクレティウスなどの著作が本棚に存在したというモンローは、映画の役どころとしては、当時の男性の欲望マーケティングの対象たるダム・ブロンド(金髪のバカ娘)を演じ、セクシーな衣装が定番だったが、私服はその真逆。モンローは1926年生まれで、文明そのものを疑問視し、社会規範に反抗したビートニク世代。彼らは労働着だったジーンズを好み、カレッジで演劇を学ぶ女子学生たちを筆頭に、女性も男性と同じような服装をすることで、男女平等をスタイルで訴えた風潮を、日常では体現していた、というところがおもしろい。特にモンローが、生涯最大級の愛を傾けたと言われる、劇作家のアーサー・ミラーとの私生活ショットは、シンプルカジュアルを粋に着こなし、チープシックの手本のようなプライベートファッションを見せてくれる。

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▼伝説の真相は、セクシードレスにおける白の選択

20世紀最大のセックスシンボルとして、土産物屋のフィギュアにもなってしまっているのは、映画「七年目の浮気」のワンシーンからの「地下鉄通風口に立つモンロー」の出で立ちだ。その時の彼女の装いは、背中がばっくり空きバストの谷間が露出するホルターネックの白いワンピースで、デザイナーは、8本の映画でモンローと関わったウィリアム・トラヴィーラ(バーレスクショー・ダンサーのコスチュームがキャリアの出発点だっただけに、女性美を際立たせるデザインは得意分野)。しかしながら、彼はそのデザインはせず、既製品を持ってきただけだという説もある。確かにホルターネックドレスは、当時の女性の夏服の典型でありオリジナル性はないのだが、このシーンにそれを採用したセンスは、その後のモンローのシンボル化から見た場合には、まさに神がかり的なのだ。

「七年目の浮気」
「七年目の浮気」

さて、このドレスの色は「白」。モンロー演じるヒロイン(名前すらつけられていない)は、平凡な妻帯者男性の心を乱すセクシーの権化で、社会規範を攪乱する悪女。とすればその定番色は、黒に紫に赤(これ、女性の下着の色を想像すると非常にわかりやすい)なのだが、彼女がまとうのはそれらと正反対のイメージを持つ白。

ご存じ、白は清潔、清純を意味する正義の色であり、ウェディングドレス、白無垢の花嫁衣装が物語るように、処女性の象徴である。結果、おバカな金髪娘の破廉恥シーンは、文脈と切り離されて、女性美の化身、まさに女神として一人歩きすることとなった。ちなみに、このドレス、胸元とスカートがプリーツ仕立てで、天才マリアノ・フォルチュニが同じくプリーツ仕様で古代ギリシア彫刻「デルフォイの御者」に想を得て制作した女神的なドレスをも思い起こさせる。

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マリリン・モンローのバトンを受け取った現代の女性たち

20世紀を代表するセックスシンボルであるマリリン・モンロー。そのバトンがハリウッドやスターたちにどのように受け継がれているのか、という点もまた興味深い。モンローのパブリック・イメージである、ダム・ブロンド(バカな金髪女)を確信犯的に受け取り、「外見はバカな金髪女ですが、努力上等のハーバード大卒有能弁護士でっせ!」という、イメージと現実のギャップに苦しんでもいたモンローの意趣返しのようなコメディ「キューティ・ブロンド」、そしてダム・ブロンドを男目線ではなく、女目線で大肯定し解体したフェミニズム・ファンタジーである「バービー」は、どちらも女性客に支持されて大ヒットした。

「バービー」
「バービー」

マドンナレディー・ガガビリー・アイリッシュというビッグスターたちが、キャリアの初期に必ずと言って良いほど、マリリン・モンローのオマージュを差し込んできているのも非常に興味深い。マドンナが「21世紀のセックスシンボルはこの私よ!」とばかりに宣言したのは、モンローの「紳士は金髪がお好き」の有名シーンを内容ごと意識的にパクった「マテリアル・ガール」のMVだった。

マドンナ
マドンナ

一方、レディー・ガガは、ヒップホップに繋がるストリート感と暴力性をアメコミ風に打ち出した「テレフォン」のMVで、ヘアスタイルと赤い口紅でもってモンローを表現。ポスト・マドンナを狙うガガは、彼女と同じくモンローオマージュを、新たな現代性とともにやってのけたのである。

レディー・ガガ
レディー・ガガ

体型を隠したルーズなシルエットのファッションがトレードマークだったビリー・アイリッシュは、ファッションの祭典「メットガラ」でモンローを彷彿させる胸元が大きく開いたセクシーなドレス姿を披露。このコペルニクス的変化にファンは戸惑ったが、彼女自身はSNSで、「私はどっちにもなれるのよ、間抜けどもめ。女性を存在させてよ!」と言い放った。

ビリー・アイリッシュ
ビリー・アイリッシュ

モンローがそのファッションとともに体現した「女性性の謳歌」。それが100パーセント可能な社会はくるのか、いや、それとは全く違った性の未来があるのかどうか。 女性たちにとって、明日はどっちだ?!


<今月の湯山さん>
ショッブチャンネルにおける湯山玲子デザインのOJOU(オジョウ)ブランド。コンセプトは、「新橋のガード下から、三つ星レストランまで。思考し行動するあなたを自由にするカッコいい服」

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筆者紹介

湯山玲子のコラム

湯山玲子(ゆやまれいこ)。著述家、プロデューサー​、おしゃべりカルチャーモンスター。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)。『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)等。コメンテーターとしてTBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』等に出演。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。『交響ラップ クラシックとラップが挑む未知の領域』inサントリーホールなどのプロデュースを手がける。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナーとしても活動中。日大芸術学部文芸学科、東京家政大学造形表現学科講師。

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